東京高等裁判所 平成11年(行ケ)411号 判決 2000年11月07日
原告
三洋電機株式会社
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
同弁護士
小南明也
被告
特許庁長官【C】
指定代理人
【D】
同
【E】
同
【F】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成6年審判第5686号事件について平成11年11月4日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、意匠に係る物品を「理化学実験用熱風恒温器」とする別紙審決書写しの別紙第一記載の意匠(以下「本願意匠」という。)について、平成3年1月31日に意匠登録出願(平成3年意匠登録願第2339号)をしたところ、平成6年1月31日に拒絶査定を受けたため、同年3月28日に拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、この請求を平成6年審判第5686号事件として審理した結果、平成11年11月4日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同月17日、原告にその謄本を送達した。
2 審決の理由
別紙審決書の写しのとおり、本願意匠は、「Yamato、COMPLETE CATALOG、'91-'92」(ヤマト科学株式会社平成2年10月30日発行)の478頁上段左側所載の写真版によって表された意匠(DK43型と表示されたもの。以下「引用意匠」という。別紙審決書写しの別紙第二参照。)に類似するものであるから、意匠法3条1項3号に該当すると認定判断した。
第3原告の審決取消事由の要点
審決の理由2頁2行~3頁11行(本願意匠と引用意匠の認定及び両意匠に係る物品の認定)は認める。同3頁12行~4頁17行(本願意匠と引用意匠の共通点の認定)は、「本体キャビネット部の前面の上辺側から下方寄りにかけての幅広い部位を奥行きのある試料収納部とし」(3頁16行~18行)ている点(以下「共通点1」という。)、「扉部の下方の前面側に細幅の操作パネル部を形成し」(4頁1行~2行)ている点(以下「共通点2」という。)、「その操作パネル部の下方の前面側を下部パネル部としている点」(同2行~4行、以下「共通点3」という。)、「操作パネル部は、横幅を本体キャビネット部の横幅と同幅とし、全幅にわたって細幅帯状に区画した態様に形成している点」(同10行~12行、以下「共通点4」という。)、「扉部と操作パネル部との間にはごく細い溝状の隙間を設けている点」(同12行~13行、以下「共通点5」という。)、「扉部と操作パネル部及び下部パネル部の各前面を面一状としている点」(同15行~17行、以下「共通点6」という。)が共通点であることを争い、その余は認める。同4頁18行~6頁13行(本願意匠と引用意匠の差異点の認定)は、差異点(3)、(4)、(6)について、これらが本願意匠と引用意匠の差異点であることを認めるが、引用意匠に「操作パネル部」があることを前提としている点において争い、その余は認める。同6頁14行~7頁20行(意匠の要部に関する認定)は争う。同8頁1行~11行(差異点(1)についての判断)は争う。同8頁11行~9頁3行(差異点(2)についての判断)は、取っ手部の形状自体が大きな差異であるとの認定(8頁11行~13行)を認め、その余は争う。、同9頁3行~11頁6行(差異点(3)ないし(6)についての判断)は争う。同11頁6行~17行(差異点(7)についての判断及び差異点についての結論部分)は認める。同11頁18行~12頁7行(全体の結論部分)は争う。
審決は、本願意匠と引用意匠の類否判断を誤ったものであって、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、違法として取り消されるべきである。
1 共通点1(試料収納部)について
審決は、本願意匠と引用意匠が、「本体キャビネット部の前面の上辺側から下方寄りにかけての幅広い部位を奥行きのある試料収納部とし」(3頁16行~18行)ている点で共通していると認定したが、誤りである。
本願意匠は、扉部の下辺近辺まで試料収納部が設けられているのに対し、引用意匠は、扉部の中央に形成されている縦長長方形状の窓の下辺と同一線までしか試料収納部が設けられていない。したがって、本願意匠は、「下方まで」、引用意匠は、「中央部やや下方寄りまで」試料収納部としているのである。
本願意匠及び引用意匠に係る物品の需要者は、いかに庫内の有効内容積、すなわち試料収納部の広さを確保しているかという観点から、外形寸法に対して、重大な関心を払う。この点について、本願意匠と引用意匠は、扉部中央に縦長形状の窓が形成されており、その窓から、試料収納部が三段になっていることが看取されるとの限度においては共通である。ところが、扉を開放すると、本願意匠は、窓の下側ラインよりも相当下側まで試料収納部があることが分かるのに対して、引用意匠は、窓の下側ラインと同等の高さまでしか試料収納部がないことが分かる。引用意匠は、機械スペースのために狭くなっている試料収納部を実際よりも広く見せるために、あえて扉部を下側まで大きく取り、扉部における窓の位置を中央に形成した点に特徴があるのである。そのため、需要者は、本願意匠と引用意匠を比較した場合に、本願意匠の方が外形に対して広い試料収納を確保している点で、両者を識別することができるのである。
2 共通点2ないし6(操作パネル部)について
審決は、引用意匠について、「操作パネル部」を形成していると認定し、これを前提に共通点2ないし6を認定したが、誤りである。
(1) 「操作パネル部」という用語は、主として操作部、表示部などが付された操作パネルとして用いられる部位という意味で理解するのが自然である。ところが、引用意匠には、このような意味における「操作パネル部」なるものは存在しない。審決が操作パネル部と称しているものは、下部パネル部の中央右側に集約された操作部、表示部を含めた部分にすぎない。そして、その左側略半分は、単に右側略半分に合わせて線が引かれ化粧印刷が施されているにすぎず、しかも、右側略半分は操作部、表示部があり、濃く色付けされているのに対し、左側略半分は薄い色で、右側略半分とは明らかに区別されるから、全体を、操作パネル「部」とはいえない。
(2) 被告は、「SANYO サンヨー恒温乾燥機」カタログ(三洋電機特機株式会社発行、以下「乙第4号証刊行物」という。)を根拠として、操作パネル部と下部パネル部を分割した態様が本願意匠の特徴となり得ないと主張する。しかし、同刊行物は、原告の子会社で、実質的には原告と同一法人である三洋電機特機株式会社が、本願出願後に頒布したものである。そして、三洋電機特機株式会社も、同刊行物を印刷した大阪カタログ株式会社も、原告に対して守秘義務を負っていたから、同刊行物記載の意匠は、本願出願前に公知となった意匠ではない。
3 差異点(1)(扉部の窓の大きさ)について
扉部の窓の縦方向の大きさは、試料収納部の大きさに規定されるものであり、この相違点は、意匠の美観に大きな影響を与えるものである。
4 差異点(2)(取っ手部の態様)及び(5)(側縁の態様)について
(1) 本願意匠は、扉部、操作パネル部、下部パネル部の各側縁の態様について、各部とも左右の前側の縁を丸みをもった面取り状に形成しており(差異点(5))、扉部に形成されている窓枠も丸みをもった縁取りがなされている。すなわち、本願意匠をみた需要者は、全体に丸みを帯びた形状により柔らかい印象を受けることになる。そのため、窓の縦のラインがより強く印象付けられ、看者の注意が窓及びこれとほぼ同幅の操作部に引きつけられることになる。さらに、前述した扉部、操作パネル部、下部パネル部の3分割によって、上記の印象が強調される。
ところが、仮に、取っ手部分が引用意匠のように出っ張っているとすると、全体の印象として角張った印象を受けてデザインとしての統一性が失われる。しかも、引用意匠は、取っ手部分の長さが窓の高さと同じに構成されているので、窓の横のラインがより強く印象づけられ、需要者は本願意匠と異なった印象を受ける。
さらに、本願意匠は、扉部にラッチを設け、指を掛ける部分を右側面からしか見えないように構成し、ラッチの大きさも、窓の高さに比して小さくし目立たないように構成している。
以上のとおり、本願意匠において、取っ手部は、格別の態様に形成したものであり、形態上の特徴を表す要素として、決して微弱なものとはいえない。
(2) 被告は、差異点(2)及び(5)が形態上の特徴を表す要素としては微弱である根拠として、乙第4号証刊行物記載の意匠を指摘するが、前述のとおり、同意匠は本願出願前に公知となった意匠ではない。
5 差異点(4)(操作パネル部と下部パネル部との境界の隙間)について
本願意匠において、操作パネル部と下部パネル部との境界に隙間を設けて上下を分割した態様とした点(差異点(4))は、本願意匠の要部に関連するものである。審決が認定するように、「前面側を特徴づける要素の一つとして特に目立つほどに形成された態様のものではなく、形態全体に与える影響も微弱である」というものではない。
6 差異点(6)(区割り線とスリット孔)について
本願意匠は、側面から見た場合に、扉部、操作パネル部、下部、本体の4者に分割されている。これに対し、引用意匠を側面や斜めから見た場合、扉部、下部、本体の3者に分割されている。とするならば、引用意匠に形成した区割り線とスリット孔は、上記の差異に大きな影響を与えるものである。
審決は、相違点(6)について、「本体キャビネット部の右側面に係り、看者の注意を惹く度合いは、前面側に比べて相対的に低い箇所における差異である」(11頁1行~4行)と判断した。しかし、本願意匠及び引用意匠に係る物品は、扉部の左側を開閉支点として、扉部の右側を開閉する構成になっている。そして、需要者は研究・実験中に本願意匠及び引用意匠に係る物品に試料を搬入しようとする場合は、扉の開放によって内部の熱が逃げるのを防止するため、できる限り扉の開放角度を小さくして開放するのが通例である。そのため、需要者は、本願意匠及び引用意匠に係る物品を右斜め前から見ることが多く、正面や左側側面に注意を払うことは少ない。だからこそ、本願意匠においては、右斜め前から見た斜視図が記載され、引用意匠のパンフレットにおいても、右斜め前から見た写真が掲載されているのである。これは、本願意匠及び引用意匠に係る物品と同種の物品である、他の商品のパンフレットにおいても全く同様である。このように、相違点(6)は、看者の注意を引く度合いが、前面側に比べて相対的に低い箇所における差異とすることのできるようなものではないのである。
また、本願意匠は、正面から見た場合に左右対称のデザインであるのに対して、引用意匠は、デザイン上のアクセントが本体の右側に集中されているのであって、全体のデザイン上のバランスからしても、大きな相違があるところである。
7 まとめ
審決が認定し、原告も認める共通点は、本願意匠及び引用意匠に係る物品においては極めてありふれた周知形状であるから、特に需要者の注意を引く部分ではない。
一方、本願意匠及び引用意匠に係る物品の需要者は、物品を購入するか否かの選択をするに当たっては、扉部に設けられる窓の位置、大きさ、試料収納部の広さ、操作部分の形状、位置、取っ手部の位置、形状、操作パネル部の有無、全体としての印象などについて関心を持って臨むものであるから、これらの形状がどのようなものであるかは、本願意匠と引用意匠の類否を判断する重要な契機となる。
とするならば、本願意匠と引用意匠は、これらの箇所の特徴的差異のゆえに、全体として需要者に与える印象は別異となり、需要者は、この差異によって両者を別異のものとして認識する。したがって、審決は、意匠法3条1項3号該当性についての判断を誤ったものである。
第4被告の反論の要点
1 共通点1(試料収納部)について
(1) 審決の行った共通点1の認定は、形態の基本的な構成態様に係るものである。基本的な構成態様とは、形態の概観であって、形態の骨格をなす態様のことである。この観点で本願意匠と引用意匠の形態の基本的な構成態様をとらえると、両意匠とも、試料収納部を、本体キャビネット部の上辺側から中央を越えた下方寄りまでをおおよそ占める大きさに構成しているので、これに基づいて共通点1を認定したものである。
(2) 原告は、本願意匠及び引用意匠に係る物品の需要者は、いかに庫内の有効内容積、すなわち試料収納部の広さを確保しているかという観点から、外形寸法に対して、重大な関心を払うと主張する。
しかし、物品の用途、機能の面からみれば、本願意匠及び引用意匠に係る物品の需要者は、試験、研究等の目的、対象である試料の大きさや種類などを考慮して物品を選択し、その際、形態の構成態様や試料収納部の構造等も選択の条件とするものであって、試料収納部の容積、広さのみに関心を払うものではない。実際にも、試験、研究等の目的に応じて種々の大きさと構造のものが製造されている。
また、試料収納部の必要な大きさ、広さは、物品の大きさや構造によって変わるものであり、相対的なものである。一般的に、意匠の類否判断においては、物品の大きさは二義的なものであって、格別の大きさや小さなものでない限り、これが類否判断に影響を与えることはない。意匠の観点からみた場合、本願の意匠の試料収納部は、外形に対して引用意匠のものとの相対的関係において広い試料収納部を確保しているものであるとしても、そのような態様は、同種物品において一般的なものであって特徴がなく、意匠的価値を有するものではないから、需要者の注意を引く度合いも低いのであって、意匠の要部判断に影響を与えるほどのものとはなり得ない。
2 共通点2ないし6(操作パネル部)について
(1) 審決は、本願意匠と引用意匠の形態の基本的な構成態様及び具体的な態様を認定し、比較するに当たって、形態を構成する各部位を意匠的な観点で具体的にとらえる必要があることから、扉部の下方の細幅帯状に区画した部位を具体的に指し示す名称として、「操作パネル部」という用語を用いたものであって、その部位全体を操作ボタン等を設けた、いわゆる操作パネルであると認定したものではない。すなわち、上記部位を別の名称、例えば「細幅帯状部」や「帯状パネル部」などの名称を用いても何ら差し支えのないものである。
本願意匠と引用意匠とを比較すると、造形処理の手法については、本願意匠が溝を設けることによって形成し、引用意匠が暗調子に表すことによって形成している点で違いはあるものの、ともに細幅帯状に区画した部位全体が強調された態様となっており、形態上の特徴を表出している点では共通しているのである。
(2) 乙第4号証刊行物に本願意匠とほぼ同様の構成態様と認められる意匠が記載されている。操作パネル部と下部パネル部を分割した態様が本願意匠の特徴となり得ないものであることは、これをみれば明らかである。同刊行物は、その裏表紙の下段に「このカタログの記載内容は1991年1月現在のものです。」との記載があるから、本願出願日(同年1月31日)の前には頒布されていたものである。
3 差異点(1)(扉部の窓の大きさ)について
本願意匠の扉部の窓の縦方向は、引用意匠のそれに比べて大きい(長い)ものの、その態様は、窓の構成比率について、縦の長さの比をやや大きくした程度のものであり、一般的な大きさ、態様に形成したものにすぎないから、意匠的価値を有するものではなく、需要者に格別異なった美感を与えるほどのものではない。したがって、意匠の類否判断に与える影響も微弱なものである。
4 差異点(2)(取っ手部の態様)及び(5)(側縁の態様)について
(1) 本願出願前における意匠の傾向及び創作の実情を勘案すると、本願意匠の取っ手部は、一般的な態様に形成したもので、形態上の特徴を表す要素としては微弱なものであり、意匠の創作上、格別の創作があったとは認められない。このことは、例えば、昭和63年第69551号公開実用新案公報(乙第2号証)、乙第4号証刊行物、カタログ「ADVANTEC 総合カタログ Vol.46」(東洋濾紙株式会社・アドバンテック東洋株式会社発行、平成元年12月4日特許庁受入。乙第6号証)をみれば明らかである。
引用意匠の取っ手も、特異性のみられない態様のものであるから、結局、取っ手部における両意匠の態様の差異が類否判断に与える影響は微弱である。
ちなみに、登録第878607号意匠(甲第9号証の1)と、同号の類似3の意匠(甲第9号証の4)は、本願意匠と引用意匠の関係と同様、取っ手部の態様の差異があるにもかかわらず、本意匠と類似意匠となっているのである。
(2) 意匠の創作において形態の角や縁を面取りすることは、造形処理の手法として一般的であり、本願意匠及び引用意匠に係る物品の分野においても、丸味をもった面取り状に側縁を形成することは、本願出願前から一般的に見受けられるところである。例えば、乙第4、第6号証刊行物は、いずれも丸味をもった面取り状に前側の縁を形成した態様の意匠例である。したがって、本願の意匠の側縁は、意匠的価値を有するものではなく、この種の物品の需要者に格別異なった美感を与えるほどのものではないから、両意匠の類否判断に与える影響も微弱なものである。
5 差異点(4)(操作パネル部と下部パネル部との境界の隙間)について
本願意匠及び引用意匠においては、前面側に細幅帯状に区画した態様の操作パネル部が形態上の特徴を表出し、意匠の要部判断に影響を与えるほどの要素となっていること、及び、本願意匠に設けた隙間は、ごく細い溝状に形成されたものであることを勘案すると、差異点(4)が形態全体に与える影響は、相対的に微弱なものである。
しかも、乙第4号証刊行物には、本願意匠とほぼ同様に操作パネル部と下部パネル部とを分割した態様が示されている。したがって、操作パネル部と下部パネル部を分割した態様は、本願意匠の特徴となり得ないものである。
6 差異点(6)(区割り線とスリット孔)について
本願意匠及び引用意匠に係る物品は、使用状態においては、専用の架台等に前面側を表に向けて設置され、前面側から試料の出し入れや操作等を行うものであるから、需要者が主として観察する部分は前面側である。
本願意匠の右側面は、平滑面としたもので、一般的でありふれた態様のものであり、引用意匠の右側面の区割り線もスリット孔も、ともに本願意匠及び引用意匠に係る物品に限らず普通に見られる態様のものであって、形態上の特徴ともなり得ないから、差異点(6)が、類否判断に与える影響は微弱なものである。
第5当裁判所の判断
1 共通点1(「試料収納部」)について
(1) 本願意匠と引用意匠の形態は、大づかみにいえば、両意匠とも、試料収納部を、おおよそ、本体キャビネット部の上辺側から中央を越えた下辺寄りにかけてを占める大きさに構成しているということができる。
(2) もっとも、両意匠の具体的な態様は、本願意匠は、本体キャビネット部の、上辺側から下辺寄り約10分の7までを試料収納部としているのに対し、引用意匠は、本体キャビネット部の、上辺側から下辺寄り約10分の6までを試料収納部としている点で、差異があることが認められる。しかし、乙第1号証(意匠登録第551719号意匠公報)、第2号証、第3号証(平成1年第74800号公開実用新案公報)によれば、本願意匠や引用意匠に係る物品においては、試料収納部を本体キャビネット部の、上辺側から下辺寄り約10分の6.5ないし約10分の9程度までとすることも一般的に行われていたことが認められるから、本願意匠と引用意匠の上記差異は、需要者の注意をさほど引くものではないということができる。
(3) 原告は、引用意匠について、扉部を下側まで大きく取り、窓の位置を扉部の中央に形成している点に特徴があると主張する。
確かに、引用意匠は、上記差異に係る形態(すなわち、本体キャビネット部の、上辺側から下辺寄り約10分の6までを試料収納部とした形態)と、扉部の縦の長さを本体キャビネット部の縦の長さの約4分の3程度とした形態を採用した結果として、扉部が試料収納部の下側まで及んでいることになっている。
しかし、引用意匠の上記2つの形態は、本願意匠との共通点であるか(後者)、又は需要者の注意を引くものではないと認められるものであるか(前者)のいずれかであり、しかも、扉部が試料収納部よりも下にまで及んでいる程度もさほどのものではないから、その2つの形態を組み合わせたことは、格別需要者の注意を引くものではないと認められる。のみならず、甲第11号証(パンフレット「定温恒温乾燥器ナチュラルオーブン、送風定温乾燥機ウインディオーブン」東京理化器械株式会社発行。弁論の全趣旨によれば、その発行年月日は、不明ではあるものの本願出願前と認められる。以下「甲第11号証刊行物」という。)によれば、本願意匠及び引用意匠に係る物品においては、扉部が試料収納部より下にまで及んでいる意匠が本願出願前に知られていたことが認められるから、この点も、需要者の注意を格別強く引くものではないと認められる。なお、窓が扉部の中央に形成されていることは、本願意匠と引用意匠の共通点であるから、これを本願意匠と比較した場合の引用意匠の特徴ということはできない。原告の主張は、採用することができない。
(4) 審決は、前記差異を、具体的な態様における差異点として認定判断していないため、この点において誤りがあるというべきである。しかし、この差異が需要者の注意を引くものではないと認められる以上、この誤りをもって、直ちに結論に影響を及ぼすものということはできない。
2 共通点2ないし6(「操作パネル部」)について
引用意匠には、扉部の下方に細幅帯状に区画した部位が存在し、審決が、この部位を「操作パネル部」という用語を用いて特定したものであることは、明らかである。
原告は、「操作パネル部」という用語は、主として操作部、表示部などが付された操作パネルとして用いられる部位という意味で理解するのが自然であると主張し、これを前提として、引用意匠には、「操作パネル部」が存在しないと主張する。しかし、仮に、用語自体の問題としては、「操作パネル部」という用語を原告主張のような意味で理解するのが自然であるとしても、審決の用いた用語の意味をそのように限定すべき根拠はない。特に、審決は、「操作パネル部の操作部分の態様について、・・・引用の意匠は、横長長方形状の操作部分を略中央から右よりの部位に配置し、操作ボタンと表示部を設けている点」(5頁11行~16行」と説示して、「操作パネル部」には「操作ボタンや表示部が設けられた操作部分」と「操作部分ではない部分」があるということを前提としているのであるから、この「操作パネル部」を原告の主張するように理解することができないことは明らかである。
また、原告は、引用意匠の操作パネル部について、右側略半分は操作部、表示部があり、濃く色付けされているのに対し、左側略半分は薄い色で、右側略半分とは明らかに区別されるから、全体を、操作パネル「部」とはいえないと主張する。しかし、引用意匠の扉部の下方の細幅帯状に区画した部位は、右端と左側略半分がやや薄く、その余の部分がやや濃いものの、いずれも同じ幅で暗調子に表されており、その全体が、扉部とも、下部パネル部とも明瞭に区別される一まとまりの部位として強調されていることは明らかである。原告の主張は、採用することができない。
3 差異点(1)(扉部の窓の大きさ)について
甲第4号証(意匠登録第601986号意匠公報)、第11号証、第15号証(「SANYO '88メディカ総合カタログ」三洋電機特機株式会社昭和63年発行)、乙第5号証(「'91-'92 科学研究機器カタログ」東京理化器株式会社平成2年ころ発行)によれば、本願意匠及び引用意匠に係る物品において、扉部の窓については、縦の長さに対する横幅の比率を小さくして縦長にしたものや、扉部の縦の長さに対する比率を大きくしたものも含めて、様々なものが本願出願前に広く知られていたことが認められる。そうである以上、両意匠の差異点(1)に係る部分が、格別需要者の注意を引くことはないものと認めることができる。
4 差異点(2)(取っ手部の態様)及び(5)(側縁の態様)について
(1) 乙第2、第6号証によれば、本願出願前、本願意匠及び引用意匠に係る物品において、取っ手部を、右側面に手掛け用の縦溝を形成して正面からは目立たない態様にしたものが広く知られていたことが認められる。差異点(2)に係る本願意匠の態様も、取っ手部を、右側面に手掛け用の縦溝を形成して、正面からは目立たないものとしたものであって、同様の印象を与えるものである。一方、差異点(2)に係る引用意匠の態様は、扉の取っ手としては、特異性のないものであるうえ、甲第12号証(「定温乾燥器DX型」ヤマト科学株式会社発行。弁論の全趣旨によれば、その発行年月日は、不明ではあるものの本願出願前と認められる。)及び弁論の全趣旨によれば、本願意匠及び引用意匠に係る物品においても、本願出願前からありふれたものであったことが認められる。
(2) 物品の角や縁を丸みをもった面取り状にすることは、様々な物品についてごく一般的に行われていることであり、乙第6号証によれば、本願意匠及び引用意匠に係る物品においても、左右の前側の縁を丸みをもった面取り状にしたものが、本願出願前から広く知られていたことが認められる。一方、差異点(5)に係る引用意匠の態様は、物品の側縁の形状として最もありふれたものであることが明らかである。
(3) 以上の事実によれば、差異点(2)及び(5)も、需要者に格別異なった美感を与えるほどのものではないというべきである。
5 差異点(4)(操作パネル部と下部パネル部との境界の隙間)について
本願意匠の操作パネル部と下部パネル部との境界の隙間は、ごく細いものであるから、差異点(4)は、さほど需要者の注意を引くものではないと認められる。
6 差異点(6)(区割り線とスリット孔)について
本願意匠及び引用意匠に係る物品は、使用状態においては、前面側を表に向けて設置され、前面側から試料の出し入れや操作等を行うものであるから、側面側は、前面側ほど、需要者が観察する程度が高いものではない。しかも、甲第11、第12、第15号証によれば、本願出願前、本願意匠及び引用意匠に係る物品において、右側面を平滑面としたもの、右側面の下部に水平な区割り線を設けたもの、細いスリット穴を多数設けたもの、その双方を設けたものが存在し、広く知られていたことが認められる。したがって、差異点(6)は、さほど需要者の注意を引くものではないということができる。
7 結論
審決が基本的な構成態様及び具体的な態様としてした共通点の認定に誤りはない。そして、本願意匠と引用意匠との上記共通点は、全体として両意匠の形態上の特徴を形成していると認められる。一方、審決が認定した差異点及び前記1(2)、(3)は、その各々をとってみても、また、これらを総合してみても、さほど需要者の注意を引くものではないということができる。結局、両意匠は、全体として類似するものというべきである。
以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
第6よって、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 阿部正幸)